ビンゴをもっと楽しく!〜アイデアと工夫〜

ビンゴをもっと楽しく

日本では「ギャンブルは違法」と言う認識が一般的ではないかと思いますが、それにもかかわらず、パチンコ、宝くじ、スポーツくじなど、合法的なギャンブルが数多く存在します。

ここでは、日本の文化と法律におけるギャンブルの歴史について詳しく探っていきます。

日本のギャンブルの始まり

8世紀の歴史書によると、天武天皇はバックギャモンを思わせるようなサイコロを使ったゲームを楽しんでいたそうです。この遊びは「盤双六」と呼ばれていましたが、次の皇位に就いた持統天皇の時代に禁止されてしまいます。

13世紀、9つの勅令が発せられ賭博が禁止に。江戸時代には、武士は賭博に参加してはいけないとされており、賭博が見つかるとそれが理由で処刑されることもありました。しかし、上級武士は酒を飲み、賭博をし、遊女と遊んだりすることが許されていたようです。

1718年、小賭博が合法化され、宝くじや50文以下の賭けが許されることになりました。サイコロ遊びの「チョボイチ」は、この頃一躍脚光を浴び、浅草界隈はチョボイチの流行で賭場が乱立し、荒くれ者が多く集まるように。また、16世紀にポルトガル人によってカードが日本に伝来。ブラックジャックによく似た「ざんまい」が、最も人気のあるカードゲームの一つとして流行しました。しかし、200年後の1907年には刑法が制定され、あらゆる賭博が禁止されてしまいました。

パチンコの登場

1930年、名古屋に初めてゲームセンターができ、パチンコが盛んに。後にスロットマシンと合体、これがパチスロと呼ばれるようになります。

第二次世界大戦が始まるとパチンコは禁止されることになりました。しかし戦後に復活し、1990年代にはなんと30万人以上の従業員と3000万人の常連客が存在していました。今、日本には500万台以上のパチスロ・パチンコ台があります。平均すると、25人に1台の割合で設置されていることになり、また、こういった遊技機が設置されている遊技場は12,000室以上にものぼります。2018年には1900億円以上がパチスロやパチンコによって生み出されており、ラスベガスの数倍ものお金を稼ぐゲームとして成長を遂げました。

麻雀の登場

1924年、平山三郎という軍人により日本に麻雀が持ち込まれます。彼は東京で麻雀学校、雀荘、クラブを始め、これをきっかけに日本での麻雀の人気は急速に高まっていくことに。現在、日本には8,000軒以上の雀荘があり、プロ雀士も存在し、トーナメントで競い合っています。

日本におけるスポーツベッティング

日本のスポーツベッティングといえばズバリ、「競馬」。公営ギャンブルの一つである競馬は日本で非常に人気があり、毎年2万を超えるレースが開催されています。他にも、合法化されているベッティングギャンブルに競輪、競艇が挙げられます。

日本におけるオンラインギャンブル

日本では現状、日本国外に拠点を置くオンラインカジノを利用することに違法性はありません。特にコロナ禍以降、日本でのオンラインカジノは人気を博しており

、多くの日本人がスロットやルーレット、ポーカーなどのカジノゲームやスポーツへのベッティングを楽しんでいます。

日本のギャンブルの行方

現在、日本にはカジノはありませんが、IR法案により、カジノの建設が予定されています。厳しい制限のあるガイドラインが設定されることに間違いありませんが、それでもギャンブルの歴史が大きく変わることでしょう。

まとめ

日本にはギャンブルにまつわる多彩な歴史があります。今や、テレビゲームやオンラインゲームは世代を問わず、重要な生活の一部。ゲームの実況サイトなども動きがますます盛んになってきています。これからのカジノ法案の行方にも目が離せませんね。